スターへの道
第17章:1993年凱旋門賞での躍進

1993年の凱旋門賞を控え、アーバンシーは同年3月20日にサンクルーで開催されたエクスビュリ賞(G3)で勝利を収めた。

エクスビュリ賞(G3)

 

アーバンシーは次に開催されたF. E. E.(ヨーロッパ生産者基金)賞でも優勝した

左から、クレモン、アーバンシー、キャッシュ・アスムッセン騎手、ジャン・レスボード氏

 

この年の8月、アスムッセン騎手が乗るアーバンシーはドービルのゴントービロン賞(G3)で優勝した。

ゴントービロン賞にて。前列から、キャッシュ・アスムッセン騎手、クリストファー、崔黄紫霊、崔宝栄、セイコーエプソン株式会社の服部靖夫副会長(当時)

 

ア スムッセン騎手は、「アーバンシーは必ず凱旋門賞で優勝できる」と言った。実際に2年前、スワーヴ ダンサーに乗って凱旋門賞を制覇しているアスムッセン騎手だけに、その言葉には説得力があり、わたしたちはおおいに勇気づけられた。アスムッセン騎手は 10月の第1日曜日に開催される凱旋門賞でアーバンシーに乗ることを快く受け入れてくれた。当時の平地競馬界において、アスムッセン騎手はF1レース界に おけるミハエル・シューマッハーのような存在だった。トップクラスの騎手である彼の乗った馬は、その優れた手綱さばきによって、放たれた矢のように疾駆 した。アスムッセン騎手が乗ってくれるのなら、アーバンシーは凱旋門賞で必ず勝てる。わたしたちはそう信じた。

フェラーリに乗るミハエル・シューマッハー

 

アーバンシーに乗るアスムッセン騎手

 

レスボード氏は、自らが調教した馬に乗ることは滅多にない。このとき彼はすでに、最愛の馬が凱旋門賞で勝利することを確信していた。

フランス人が自信を示しているときの格好
 
魔法の鏡に教えられるように、彼は確信を得た

 

1993 年9月、わたしの古い親友であるダニエル・ウィルデンシュタイン氏が昼食に招いてくれた。場所はコリジー通りにあるオテル・パルティキュリエ。彼が所有 するホテルで、わたしのオフィスから歩いて行ける距離だ。ウィルデンシュタイン氏は世界的に著名な画商で、欧州競馬界では優れた馬主兼調教師の1人として も知られている。わたしは、アーバンシーが凱旋門賞で勝てるのかどうか、ウィルデンシュタイン氏の意見が聞けるものと思っていた。

 

ダニエル・ウィルデンシュタイン氏(1917~2001年)

 

と ころが予想外なことに、ウィルデンシュタイン氏がわたしを招いた目的は馬のことではなかった。彼が語り出したのは、かなり以前、中華人民共和国主席の毛沢 東氏から受け取った1通の手紙にかんすることだった。その手紙には、「どうすればモスクワのプーシキン美術館のような素晴らしい美術館を中国にもつくるこ とができるのか、ご教示願いたい」と書かれていた。しかし、手紙を受け取った当時のウィルデンシュタイン氏はまだ若く、美術にかんする経験も浅かったこ とから、有益なアドバイスは提供できないと思ったそうだ。

 

モスクワのプーシキン美術館

 

さらに言えば、ウィルデンシュタイン氏は共産党とかかわりを持つことを非常に恐れた。しかし、現在であれば、専門家として十分なアドバイスを提供できるのではないか、と考えたウィルデンシュタイン氏は、中国政府との橋渡し役を頼める人物を探していたのである。

 

夢と現実を結ぶ虹の架け橋を、わたしが架けることはできるのだろうか?

 

面会の最後に、わたしは堪え切れなくなって競馬の話をウィルデンシュタイン氏に向けた。「あなたは、アーバンシーが凱旋門賞で勝てると思いますか?」

 

ウィ ルデンシュタイン氏は長い時間考え込み、やがてゆっくりとした口調で言った。「紫霊さん、凱旋門賞は競馬界で最高の賞です。それは競馬関係者にとって、現 実を超越した夢のレースと言えるかもしれない。一度に200頭もの競走馬を調教している馬主でも、夢をつかむのはたやすいことではありません。200頭の 中に、たった1頭でもレースに参加できる資格のある馬がいるかどうか。ましてや勝てるかどうかなんて、想像するのも不可能ではないでしょうか」

凱旋門賞に勝つことは、馬主にとって見果てぬ夢
なのだ
 
馬主は馬の夢を見続ける

 

小さな牝馬でも勝利できるのだろうか……
ウィルデンシュタイン氏はいったん言葉を止め、しばし何かを考えた後、突然笑顔になって、かつて彼が所有していた2頭の小さな牝馬のことを語り始めた。 そのうちの1頭のアレフランスは1974年に、もう1頭のオールアロングは9年後の1983年にそれぞれ凱旋門賞で優勝していた。「彼女たちの勝利は、自 分にとって非常に幸運な出来事だった」とウィルデンシュタイン氏は振り返った。オールアロングを最後に、彼の牝馬は10年間、凱旋門賞で勝利していない。 ウィルデンシュタイン氏がなぜそんな話をしてくれたのか、わたしにはよくわかった。昔からの友人だからこそ、アーバンシーがどんなに優れた馬でも、過大な 期待を抱いてはいけない。期待が大きければ大きいほど、敗れたときの心の痛手も深くなるのだということを親身になって伝えたかったのだろう。

 

サラブレッドの世界においても、男尊女卑は横行しているのだろうか?
 
理想の牝馬

 

ア スムッセン騎手が当初の約束を反故にして、アーバンシーではなく、エルナンドという別の馬に乗って凱旋門賞に出場すると宣言したことに、わたしたちは呆気 に取られた。彼がフランス競馬界でもっとも影響力のある馬主の1人であるギリシャの海運王、スタブロス・ニアルコス氏と事前契約を結んでいたことをわたし たちは知らなかった。ニアルコス氏の馬が棄権でもしない限り、アスムッセン騎手がアーバンシーに乗ることはできない。海運王は締め切り間際になって、エル ナンドの凱旋門賞への参加を登録した。エルナンドは名調教師フランソワ・ブータンが育て上げた馬で、ニアルコス氏が所有する競走馬の中でも実力は群を抜い ていた。すでにリュパン賞、ジョッケクルブ賞などのフランスのG1レースで優勝しているほか、アイリッシュダービーでは、ダービー優勝馬であるコマンダー インチーフに僅差で2着となるなど華々しい成績を上げていた。アーバンシーはまだG1で一度も勝ったことがないが、エルナンドには勝てるだけの実力が十分 に備わっていたのだ。

 

ギリシャの海運王、スタブロス・
ニアルコス氏(1909~1996)

 
ニアルコス氏が所有する帆船(全長194フィート9インチ)

 

ア スムッセン騎手が騎乗できないことがわかって、レスボード氏が最初に考えたのは、かつて一緒にレースをした名騎手エリック・ルグリ氏を香港から呼び戻すこ とだった。ルグリ騎手は1988年の欧州チャンピオンシップレースでレスボード氏が調教したボヤティノの騎手を務めた。このとき地方競馬上がりの大穴馬で あったボヤティノは見事2着となったのだ。しかし偶然にも、レスボード氏はルグリ騎手に連絡を取る前に、かつてフランスでもっとも著名な騎手だったイヴ・ サンマルタン氏に出会った。

 

イヴ・サンマルタン氏と崔宝栄

 

サ ンマルタン氏はレスボード氏に、「自分の息子のエリック・サンマルタンをアーバンシーに騎乗させてほしい」と申し出た。そのころエリック騎手は、米国のカ リフォルニアでまずまずの成績を上げていたが、フランスの至宝とまで呼ばれた父親の偉業には遥かに及ばず、鬱屈した日々を過ごしていた。自分と同じく他人 から「負け犬」のように見られているエリック氏に同情を抱いたレスボード氏は、すぐさまイヴ・サンマルタン氏の申し入れを受け入れた。

「負け犬」

 

凱 旋門賞まで残り1週間に迫ると、レスボード氏はレース当日が雨になることを祈った。雨でぬかるんだ軟らかいコースのほうがアーバンシーに有利だと考えた からだ。アーバンシーはそれまでにいろいろなレースで優勝していたが、とくに軟らかいコースでは本領を発揮した。わたしたちもレスボード氏と一緒に雨乞い をしたが、その願いは天には通じなかった。

雨乞いをする人(1899年)、
米国イリノイ州シャンペーン
 
わたしたちはレース当日が雨になることを祈った。しかし、
曇り空にはなったものの、雨は降らなかった。

 

レー スが目前に迫って家族全員が緊張に包まれる中、夫のデービッドは、なぜか組み立て式の模型のリモコンカーを買ってきた。「なぜ、こんなものを買ったの?」 とわたしが聞くと、夫は「みんなアーバンシーと凱旋門賞のことで頭がいっぱいになっている。緊張をほぐすため、僕とクリストファーは今晩、模型を組み立て ることにするよ」と言った。しかし、模型はわずか2時間で完成し、結局は残りの時間を緊張で眠れずに過ごすこととなった。

模型のリモコンカー
 
クリストファーとリモコンカー

 

凱 旋門賞の前夜、わたしたちは誰一人として眠れなかった。真夜中にレスボード氏から電話があった。受話器の向こうのレスボード氏は、「アーバンシーが勝てる かどうかは、騎手の問題よりも、レースまでに大雨が降るかどうかにかかっている」と言った。わたしはバルコニーに出て空を見上げた。土曜日の夜のパリの空 は乾いていた。この街では、雨は人々を感傷的でノスタルジックな気分にさせる。とくに詩人たちの繊細な心を濡らすようだ。わたしがとくに印象深いのは、 ポール・ヴェルレーヌが書いたこんな詩である。*「il pleure dans mon cœur comme il pleut sur la ville.」(巷に雨の降るごとく わが心にも涙ふる)。だが、このときパリに雨が降っていたら、むしろわが心は喜びで晴れ渡っていたに違いない。

 

涙が私の心に流れるように 雨はやさしく街角に降る 


* 巷に雨の降るごとく わが心にも涙ふる



近日公開予定




 
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