シー ザ スターズと私
第11章:すっぱいブドウ

サンダウンパーク競馬場でエクリプスステークスが開催されたあの日、シー ザ スターズは、ライバルのリップヴァンリンクルが驚くほどの走りを見せた。その光景は、いまでもわたしの頭に焼き付いている。

シー ザ スターズは、リップヴァンリンクルが驚くほどの走りでエクリプスステークスに勝利した

 

リップヴァンリンクルはシー ザ スターズの走りに目をみはった

 

エ クリプスステークスの勝利に対する興奮は大きかった。しかし、いつまでも余韻に浸っているわけにはいかない。次のレースが待っているのだ。その年の英国 は、夏の間中、エクリプスステークスの開催日と同じような晴天が続いたが、ヨーク競馬場を舞台とする英国際ステークスの開催日は、シー ザ スターズにとって望ましくない悪天候となった。

 

ヨーク競馬場で開催された英国際ステークスで、シー ザ スターズは悪天候に見舞われた

 

こ のころすでに、わたしと母は馬場のコンディションの善し悪しを判別できるようになっていた。雨水を吸収しても重くなりにくい馬場もあれば、たちまち重くな る馬場もある。残念なことに、ヨーク競馬場の馬場は後者であった。この競馬場のある場所はナベスマイヤ(Knavesmire)と呼ばれる湿地帯だ。 「mire」とは沼、または泥沼のこと。「knaves」とは、かつての英国で、競馬開催の1日前に競馬場で行われていた犯罪者を絞首刑にするセレモ ニーのことを意味する。幸い、英国ではすでに50年以上も前に死刑は廃止されているが、その不吉な名前は、いまもこの地に残されたままとなっている。

 

ナベスマイヤではかつて、競馬開催前に絞首刑が行われた

 

英国際ステークスが開催されるまでの1週間は、アイリッシュ・ダービーを間近に控えた時期でもある。わたしは、あらゆる天気予報のウェブサイトを確認したが、まるで競馬予想と同じように、レース当日の予報はサイトによってまちまちであった。

 

各天気予報サイトの予報はまちまちであった
 
天気予報、金融アドバイザー、競馬予想家、いったい誰が信じられるのか?

 

それでもメディア関係者たちは、今回もシー ザ スターズが勝利を奪い取ると見ていた。エクリプスステークスを制覇した実績が、出走する馬たちの中でも傑出した存在であることを証明したからだ。

 

シー ザ スターズは出走する馬の中でも傑出した存在だった

 

「出 走に向けて、すべての準備は整った」。オックス氏から知らせを受けたわたしは、いつものようにゲン担ぎの衣裳を用意し、レースの1日前にロンドンに到着し た。ジョン・クラーク氏は、リムジンをレンタルしてヨーク競馬場に行くことを提案してくれたが、わたしは断った。ヨークは名高いカテドラルシティ(大聖堂 のある都市)である。そこに向かうには列車の旅がふさわしいと考えたのだ。

 

わたしは、リムジンを手配してくれるというジョン・クラーク氏の申し出を断った。

 

ロ ンドンに到着すると、世界中を飛び回っている母親が携帯電話で連絡をしてきた。電話の向こうの母は「ヨークに出発する前に、シェラトン・パーク・タワー・ ホテルに泊まって朝食を食べなさい」とわたしに命じた。それがレースに勝つためのゲン担ぎにでもなるというのだろうか? 母から何の説明もなかったので、 わたしは命令に逆らい、出発する駅のホームのキオスクで朝食代わりにコーラとサンドイッチを買った。学生のころに戻ったような気分だ。

 

駅のホームのキオスクで、コーラと格安のサンドイッチを買った

 

列 車での移動中、まったく思いがけないことに見ず知らずの人から「失礼ですが、シー ザ スターズのオーナーですよね?」と声を掛けられた。彼が「幸運を祈ります」と言うと、他の乗客たちもそろって声援を送ってくれた。何と気分のよいことか。 当代きっての優駿のオーナーとは、これほど世間から関心を持たれる存在なのだということを、わたしは改めて実感した。

まるでビートルズの「A Hard Day's Night」のように、自分がいかに有名であるかを実感した

 

こ のときの英国際ステークスは、非常に珍しいレースだった。シー ザ スターズと競う馬はわずか3頭。いずれもクールモア育成場に所属し、エイダン・オブライエンが調教した馬ばかりである。報道によれば、パターンレースが始 まって以来、30年の歴史の中で初めて、英国開催のG1レースにもかかわらず、英国産の馬が1頭もエントリーしないレースとなった。

 

英国開催のG1レースにもかかわらず、英国産の馬が1頭もエントリーしない初めてのレースとなった

 

わ たしとチームのメンバーは、表彰エリアからさほど離れていないパレードリングにある巨大スクリーンで、この大レースの行方を見守ることにした。このとき、 メンバーの誰もが思い上がっていたことは否めない。しかし、そんな傲慢な態度も数秒と続かなかった。非常に手に汗握るレースが展開したからだ。われわれの 予想どおり、レース序盤はクールモアの逃げ馬たちが先導し、その後はクールモアの主役であるマスタークラフツマンが飛び出した。その動きを見逃すことな く、われらのキナーン騎手はシー ザ スターズをマスタークラフツマンの真後ろに付け、じりじりと差を詰める。そしてレース終盤。キナーン騎手が勢いよくムチを当てると、待ってましたとばかり にシー ザ スターズは一気に加速した。

 

じりじりと差を詰める
 
キナーン騎手は、シー ザ スターズをマスタークラフツマンの真後ろに付けて、じりじりと差を詰めた

 

レー ス終盤になってもマスタークラフツマンの後を付けているシー ザ スターズを見てわたしは焦り、巨大スクリーンに向かって大声で叫んだ。「いけない!お前は僕の期待を裏切るのか?」。ところが、「もはやこれまでか」と半 ば諦めかけたところで、シー ザ スターズは一気に加速した。そして最後の最後でマスタークラフツマンを一気に抜き去り、見事1着でゴールしたのだ。まったく人騒がせなヤツだ! 主人であ るわたしを喜ばせたいのか、悲しませたいのか? マスタークラフツマンが逃げ切ると思い込んでいた観客たちも、予想外の結果を見て呆気に取られていた。

 

シー ザ スターズはわたしの心をもてあそんだ
 
喜ばせたいのか、悲しませたいのか?

 

ハ ラハラこそさせられたものの、前回のレース後のようにわたしが卒倒せずに済んだのは幸いだった。オックス氏は、非常にきわどいレースであったことを認めた が、それでも最終的にシー ザ スターズは勝利したのだから、終わりよければすべてよしではないかと言った。キネーン騎手は「自分がこれまでに乗った中でもっともいい馬だ」と改めて シー ザ スターズを讃えた。「全力を尽くしてライバルを打ち負かすのではなく、無駄な力は極力抑えているのに、結果的に勝利してしまう。それがシー ザ スターズだ」と。

 

シー ザ スターズは勇気と知恵を振り絞って、英国際ステークスに勝利した。
 
シー ザ スターズは英国民からも広く絶賛された

 

ロンドンに戻る列車の中で、わたしはきまりの悪い思いをした。英国際ステークスの優勝トロフィーを入れた箱が目に停まり、たくさんの乗客から祝福の嵐を浴びせられたのだ。今後、シー ザ スターズのレースに赴くときは、列車やバスに乗るのはやめようと固く心に誓った。

優勝トロフィーを入れた箱を持って列車に乗った
 
今後、シー ザ スターズのレースに赴くときは、列車やバスには乗るまいと心に誓った

わ たしが香港に戻る前、母親がインターネットである少女のブログを発見した。その少女が自分の母親から「崔家亮(つまりわたし)と結婚しなさい」と勧めら れたというエピソードが綴られていたそうだ。「世界的な競走馬のオーナーでPGAツアーへの参加資格を持っているだけでなく、ロンドン最高のビジネスス クールであるCASSでMBAも取得している。彼ほど文武両道に恵まれた若者はいない」というのが少女の母親の見立てだったようだ。

 

崔家亮は理想の夫?
 
彼はPGAツアーへの参加資格を持っている

 

彼はロンドン最高のビジネススクールであるCASSでMBAも取得している

 

ブログによると、少女はわたしの評判を聞けば聞くほど、むしろ「いかがわしい人物なのではないか」と疑うようになった。

 

崔家亮はいかがわしい人物なのか?

 

少 女が調べたところ、崔家亮なる人物は、あるレースの直後に卒倒しているし、別のレースの前日には、駅で安いサンドイッチを買って食べたという。さらに別の レースで自分の馬が勝ったときには、ピッツァ・マルゲリータを食べてお祝いをしたらしい。そんな人が、本当に理想の夫なのだろうか?

 

彼は自分の馬がレースで優勝した直後に卒倒した
 
彼は駅で安いサンドイッチを買って食べた

 

彼は自分の馬がレースで勝ったときに、ピッツァ・マルゲリータを食べてお祝いをした

 

姉のクリスティンは、そんな少女の疑いに対して、童話のエピソードになぞらえて反論した。「食べたことのないブドウは、すっぱいと思い込むものなのよ」。

 

姉は童話のエピソードになぞらえて反論した。「食べたことのないブドウは、すっぱいと思い込むものなのよ」。

 





 
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