シー ザ スターズと私
第15章:あとがき

 素晴らしい旅は終わった。しかし、これはわたし自身の旅であるとともに、読者の皆さまと一緒に歩んだ旅でもあった。

2009年に獲得したトロフィーに囲まれる崔家亮

 

こ の旅にはさまざまな段階があり、さまざまな時間や場所が交錯している。混乱する記憶の中から、かつてそこにいた場所の数々を思い出した。パリの街、モン ソー公園、シャンゼリゼ大通り、ベルサイユ、サン=ノム=ラ=ブルテッシュゴルフ場、シャンティ、オーランド、ニューマーケット競馬場、クラ競馬場、ロン シャン競馬場、香港、バンクーバー、ロンドン、コベントガーデン、エプソム競馬場、サンダウンパーク……。

ロンドン
 
パリ
オーランド
 
香港

 

ガーフィールド、トムとジェリー、ピアース・ブロスナン、メル・ギブソン……。中国の最高指導者であったトウ小平氏、孫家棟教授、李伯勇教授、劉亭亭女史、呉振紅さんと彼女が演じた「白鳥の湖」、そして「くるみ割り人形」。

ピアース・ブロスナン
 
ガーフィールド
トウ小平
 
胡錦濤国家主席から中国国家最高科学技術賞を授与される孫家棟部長

 

トムとジェリー
 
母の名付け子が出版した本

 

ジャック・ニクラウス、タイガー・ウッズ……ジョン・クラーク氏とジョン・オックス氏……クレモン……英国女王エリザベス2世、アーガー・ハーン4世……。

英国女王エリザベス2世
 
タイガー・ウッズ

 

アーガー・ハーン4世
 
マイケル・キネーン氏とジョン・オックス氏

 

もちろん、ここには書き切れないほど、たくさんの人々との出会いがあった。彼らは旅の途中で時に現れ、時に消えていったが、それこそが旅というものだ。つねにこの旅を主役を務めたのは、わたしの父と母、姉、そしてアーバンシーとシー ザ スターズであった。

フランスのディアンヌ賞で一堂に会した崔ファミリー

 

アーバンシー
 
シー ザ スターズ

 

で は、この旅におけるわたしの存在とは何だったのか? 旅が始まる前、そして旅の結末におけるわたしの存在とは? それを考えるとき、こんな言葉が頭に浮か ぶ。「希望を持って旅に出ることは、目的地に到達することよりも素晴らしい」。わたしはすでに、崔家に伝わるヒスイの馬に託された夢をこの手につかみ、勇 猛なモンゴルの騎兵たちのように霊馬を乗りこなした。この旅には地図もなければ旅行ガイドブックもなかった。ただ自分の目の前に、広い1本の道がまっすぐ に延びていただけだ。わたしは、『西遊記』の主人公である孫悟空がそうしたように、自分なりのやり方で「東から西へ」と旅を続けたのだ。旅人であるわたし を支えてくれた心の拠り所のひとつは、小学校のときに学んだこんな哲学の考え方だった。「肉眼で見えるものだけでなく、心の目で見えるものを信じよ」。

騎手
 
ヒスイの馬

 

孫悟空
 
心の目で見よ

 

わ たしがこの物語を書き上げることができたのは、長年の旅とともに多くのことを学んだからだ。その経験によって、わたしの精神的支柱や信念は確立された。か つて母がわたしに与えてくれたサン=テグジュペリの『星の王子さま』を読んでからは、この本の主人公なら、わたしと同じ境遇や試練に立たされたら、どのよ うに対処するだろうかと考えるようになった。わたしは、自分が広大な宇宙の中に生きるきわめて微小な存在であることを自覚し、それでもいつの日か、よりよ い世界をつくることに貢献したいと考えるようになった。それは自分のためだけではなく、身の回りの人、友人や家族、そしてこの文章を読んでくださっている 読者の皆さんのためだ。

よりよい世界
 
サン=テグジュペリ著『星の王子さま』

 

あなたに読んでいただいたこの旅行記は、結末のない小説であり、人生の教科書でもある。この文章の中核をなすテーマは、母と子の強い心と心の絆だ。幼いころのわたしは、生まれ故郷とはまったく文化の異なる国で教育を受けたことから、大きな絶望感や喪失感にさいなまれた。

母と子
 
姉と弟

 

わたしはカルチャーギャップによる喪失感にさいなまれた
 
文化的背景の異なる友人たちとの絆を結んでくれたのは勉強であった

 

少 年時代のわたしは、想像力がたくましく、心の中でつねに霊馬のことを強く思い続けていたので、家族に強いられた苦しい生活環境にも耐え抜くことができた。 子を思う母の強い愛のせいで、わたしは好きでもないピアノやバレエを習わされた。しかし、それも今となっては懐かしい笑い話だ。わたしはそうした伝統的な 教育方法にまったく意義を感じられなかった。そんな勉強をしたところで、何の役に立つのだろうか? もちろんわたしは母や姉を深く愛していたが、彼女たち が伝統的な教育を押し付けることには共感できなかった。

ピアノのレッスンはわたしにとって苦痛だった
 
姉のクリスティンが中国の部長(大臣に相当)に歌を披露しているところ

 

クリスティンはバレエを学んだ
 
ブラックスワンの衣裳をまとったクリスティン

 

伝統的な教育には共感できなかった

 

わ たしは、男の子として生まれたことの意義をよく理解していた。それは将来、跡取りになることだ。わたしが跡取りになることへの責任は、ほかの家庭の男の子 に比べて重かった。家族はわたしに対して非常に大きな期待を寄せていた。わたしの母は国際政治のエキスパートであるだけでなく、ファッションビジネスの権 威でもあった。その母親から見れば、かわいい息子でも、跡取りとして厳しく育てる必要があったのだろう。一方、父親は自分がスポーツを楽しむことに夢中と なり、わたしたち母子とは距離を置いていた。

跡取り息子
 
米ラスベガスの航空ショーに参加した母

 

ゴルフ場でカートに乗る父
 
母とタイのビチャイ・ラタクル副総理

 

世 間の人から見れば、わたしはお気楽な存在に映ったかもしれない。金持ちのボンボンで、親から溺愛されているドラ息子だと。しかし、湖面を優雅に滑っている かのように見える白鳥も、水の中では必死になって脚をバタバタと動かしているのだ。わたしの悩みや苦しみ、家族の期待に応えるためにどんなに努力をしなけ ればならなかったのかということを知る人は少ない。家族がわたしに課した達成すべき目標は非常に高かった。

湖面を優雅に滑る白鳥
 
バレエ『白鳥の湖』

 

アー バンシーの存在が、その後のわたしの人生を大きく変えたことは疑う余地もない。彼女との出会いにとってわたしは本当に求めていたものを手に入れることがで きた。そして彼女は、わたしと母が互いに深く理解し合える関係に導いてくれた大切な存在だ。アーバンシーの登場によって、わたしたち母子の関係は一変し た。幼いころの母は決して乗り越えることのできない大きな壁だったが、いまでは普通の母だ。そしてわたしは、馬主という素晴らしい地位を手に入れたこと で、家族を背負う跡取り息子としての心理的負担から幾分解放された。

母と孫家棟部長、フランスのジェラール・ロンゲ国防相、ジャン=ルイ・ボルロー環境相
母の態度は変わった

 

跡取り息子としての責任
馬主であることの喜び

 

わ たしは、アーバンシーが競走馬から繁殖牝馬にいたるまでの生涯をともにしながら、文化的背景や社会的地位、教育レベルなどが異なる者同士でも、いかに友情 を深められるのかということを学んだ。アーバンシーのたび重なる勝利は、ライバルに勝ち続けることの誇りをわたしに教えてくれた。その一方で、気まぐれな 性格のアデューオロワが活躍できなかった事実は、メンツを失うことの恐ろしさを反面教師として教えてくれた。

アーバンシーはライバルに勝ち続けることの誇りをわたしに教えてくれた

 

わたしが所有するもう1頭のスター競走馬、レインボーダンサー
アデューオロワは、メンツを失うことの恐ろしさを教えてくれた

 

オーランドでスポーツに明け暮れる5年間を暮らしのは、わたしをスポーツ選手として成就させたいという父親の期待に応えたものだった。次の5年間はロンドンのビジネススクールで学び、母親の期待に応えようとした。

 

重い期待

 

両 親の期待を背負ってスポーツや勉強に励むなかで、プロ中のプロに対する憧れも芽生えた。ゴルフ界のスーパースターであるタイガー・ウッズはわたしのアイド ルであり、彼のようなゴルフプレーヤーになりたいという気持ちが練習のモチベーションとなった。CASSビジネススクールでは、優秀な教授や学友たちとの 交流が向学心をもたらし、優れた教授に対する尊敬の念が高まった。

 

わたしのアイドル、タイガー・ウッズ
アイドルのようになることを目標に一生懸命頑張った

 

CASSビジネススクールでは、学問を修めることの重要性を知った
アリストテレスとその教え子だったアレキサンダー大王。師への尊敬。

 

母は、わたしのこれまでの人生において、生き方や愛することの意味、友情、家庭、金銭哲学など、さまざまなことを教えてくれた。そうした教養のおかげで、混沌とした人生をバランスよく生き抜いていくための術を身につけることができたのだ。

愛
家庭

 

お金
友人

 

混沌とした人生をバランスよく生き抜く

 

とても博識なわたしの姉は、すべての愛でわたしを包み込んでくれた。わたしが自分なりの文体を確立しようとしたときも、我慢強く指導してくれたものだ。

わたしの成長は、姉のクリスティンともにあった
わたしたちきょうだいは、互いに信頼し合っていた

 

クリスティンはつねにわたしを助けてくれた
クリスティンは、わたしの競馬への挑戦を支持してくれた

 

最 愛の親友であるクレモンが事故で亡くなったことを知ったときの喪失感は言葉では言い表せない。わたしとクレモンはつねに一緒だった。2人の出会いは天の 巡り合わせだったのだと思う。わたしたちは、互いが相手の短所や欠点を許し合うことで、友情を深め合っていくことができるのだと学んだ。さもなければ、大 切な友を失ったときに後悔することになる。老子の言葉にもある。「子欲養而親不在」(子が養おうと思うときに親はいない)。

調和の取れた生活
母と小さなお客さまたち

 

アー バンシーが死んだ後、わたしは、肉眼は見えず、心の目にしか見えないものが存在することをやっと理解できた。わたしが幼いころから、母はつねづねこんなふ うに教えてくれた。幸福はお金では買えない。幸福は人の心の中にあるのだと。そうした考え方は、持って生まれるものではない。人生経験を重ねて、はじめて 会得できるものなのだ。

前向きなエネルギー
幸福とは、とてもシンプルなものなのかもしれない

 

わ たしの愛馬シー ザ スターズは、母からわたしに贈られたプレゼントのひとつにすぎない。しかし、わたしたち家族はアーバンシーをこよなく愛していた。その息子をわたしが受 け継いだのである。競馬にかんする専門的な知識を学び、馬主となることへの責任を感じずにはいられなかった。

 

母はわたしにシー ザ スターズをプレゼントしてくれた
わたしはシー ザ スターズの馬主となることに喜びを感じた

 

馬主としての責任

わたしは専門家たちと一緒に、シー ザ スターズが競走馬から種牡馬になるまでの生涯を管理した

 

わ たしは競馬の専門家としていかにあるべきか、いかに行動すべきかを学んだ。しかも単なる専門家ではなく、世界最高の馬を扱う最高の専門家としてである。競 馬とは、スポーツとビジネス、倫理とマネーとが一体化した事業だ。競馬界の内部にいる人間として、わたしはさまざまな醜い争いも見てきた。競争相手への政 治的圧力やスキャンダルの告発、オッズの操作など、奇奇怪怪なやり取りが繰り広げられているのが競馬の世界である。わたし自身、この世界の大物と手を握っ たこともあれば、権威ある人々から意見を聞いたことも数知れない。しかし、そうして得たコネクションや情報は、どれも取るに足らないものばかりで、わた しの競馬事業には何のメリットももたらさなかった。今日の成功は、すべて自分自身の手でつかんだものだ。

母と孫家棟部長
今日の成功は、すべて自分自身の手でつかんだ

 

シー ザ スターズは6つの国際G1レースに勝利するという空前の快挙を果たし、2009年11月18日、ロンドンのクラリッジズ・ホテルで催された「カルティエ・ホース・オブ・ザ・イヤー・アンド・チャンピオン」の表彰式で、3歳牡馬部門の最優秀賞を授与された。

わたしは「カルティエ・ホース・オブ・ザ・イヤー・アンド・チャンピオン」の3歳牡馬部門の最優秀賞を獲得した

 

非 常に名誉ある賞を獲得できたことは、言葉に言い表せないほどの喜びだった。しかし、この表彰式にぜひとも列席してほしかった“2人”がいないことがとても 寂しかった。“1人”は1993年の凱旋門賞で優勝したアーバンシー。そしてもう1人は、ずっとアーバンシーの面倒を見続けてくれたクレモンである。

クレモンとアーバンシーは素晴らしい時間を過ごした
永遠に忘れることのできない、わたしたちの牝馬

 

それゆえ、この文章は“2人”のために捧げたい。




 
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